【宇宙技術】すばる望遠鏡 TMT(次世代超大型望遠鏡)
応用物理学会から/家 正則=大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台
『 国立天文台は主鏡をコンピュータ制御し最高の画質を誇る8mすばる望遠鏡をハワイ島マウナケア山頂に1999年に完成した。10年後には、大気の揺らぎによる像の劣化を実時間補償してその解像力を回折限界にまで高める補償光学装置とレーザーガイド星生成装置の開発により、すばる望遠鏡の視力はさらに10倍になった。すばるが成し遂げた初期宇宙史の解明や太陽系外の惑星の探査をさらに進めるため、国立天文台は2014年度からマウナケアに口径30mの次世代超大型望遠鏡TMTを国際協力で建設する。
1.まえがき
ガリレオ・ガリレイは、屈折望遠鏡を自作して天体を観察し、「星界からの報告」を1610年に出版した。天体望遠鏡の歴史はここから始まった。1668年にはアイザック・ニュートンが反射望遠鏡を試作し、19世紀にはフラウンホーファーが色消しレンズを実用化した。19世紀末には肉眼での観測から客観的記録の残る写真観測への移行が始まり、20世紀前半にはウィルソン山天文台の2.5m望遠鏡や、パロマー山の5m望遠鏡が完成して、観測天文学が近代化した。1980年代にはCCDカメラの実用化と大型メニスカス鏡、大型ハネカム鏡、セグメント合成鏡の開発が進み望遠鏡は飛躍的な進歩を遂げてきた。
だが、望遠鏡の大型化で感度は格段に向上したものの、地上からの天体観測の解像力は大気の揺らぎのため角度の1秒角の壁を越えられない状況が続いた。この状態を打ち破ったのが、「補償光学」技術である。大気の揺らぎを実時間補正して打ち消すハイテク光学技術の開発で、大型の地上望遠鏡は宇宙空間にあるハッブル望遠鏡をしのぐ解像力を実現できるようになった。その原理と実際を、すばる望遠鏡と次世代超大型望遠鏡計画を軸に解説する。
2.すばる望遠鏡
筆者は1972年に東京大学岡山天体物理観測所の口径1.88mの望遠鏡を用いて渦巻銀河の観測研究を始めた。最初は日本一の望遠鏡を大学院生の身で使えることに大いに感動した。だが、やがて海外の天文台での観測データには太刀打ちできないことを実感するようになった。
助手になり、東京大学東京天文台に異動後、1982年から2年間の欧州留学の機会をいただいた。その間に次世代計画としてハワイのマウナケア山頂に、口径8m級の世界最大の望遠鏡を建設しようという壮大な構想が持ち上がった。帰国した1984年夏に、大型望遠鏡の技術検討会の立ち上げを命ぜられ、以後7年間で50回開催した技術検討会の議論がすばる望遠鏡計画の根幹を決め、1991年から建設が始まることとなった。
2.1 主鏡の製作
天文学者的な大ざっぱな見積もりでは、望遠鏡の値段は、その全体質量に比例する。望遠鏡の顔となる主鏡が重くなると必然的に全体が重くなるので、まずは主鏡をいかにして軽く作るかが課題となる。パロマー山天文台の5m主鏡は、低膨張パイレックス・ガラスを蜂の巣構造の鋳型に流し込み、中空構造にしてを実現した。だが、すばる望遠鏡ではより高い結像性能を実現するため、膨張係数がさらに2桁小さい米国コーニング社の超低膨張ガラスを採用した。このガラスは粘性が高く、パロマー方式は採用できない。軽量化するには極端に薄くするしかない。苦労の末、直径8.3m、厚さ30cmのガラス円盤が4年後にできあがった。ガラス材の研磨はピッツバーグのコントラベス社が担当した。鏡面を測りながら研磨を進めるには、主鏡の曲率半径に相当する30mのスパンが必要である。同社は石灰岩の採掘坑の山腹地下に縦穴を掘り、すばる用の研磨施設を用意した。
有効径8.2mの鏡で集めた光の80%以上を焦点面上で0.1秒角に相当するスポット内に結像させるには、設計形状の回転双曲面からの形状誤差を光の波長の14分の1以下に抑える必要がある。主鏡面の曲率中心からレーザー光を広げて鏡面に照射し、反射光を曲率中心に置いたレーザー干渉計で測定する。主鏡は球面とはわずかに異なるので、その分を補正するヌルレンズを通して干渉縞を計測する。ガラス鏡材の製造に4年、研磨完了までにさらに4年を要したが、1998年7月に世界最大かつ平方根二乗平均形状誤差13nm(1/50波長)という世界最高精度の8.2m鏡が完成した。
●世界最大で最高精度の8.2mすばる主鏡が完成。蒸着前なので、264個の支持機構が透けて見える。
2.2 能動光学
完成した主鏡はのため厚さが直径の41分の1しかない薄い鏡である。観測時には望遠鏡を傾けるため、上手に鏡を支えないと光の波長のレベルでは簡単にゆがんでしまう。この鏡の弾性変形の性質を逆手にとって、鏡の支持力分布を常に計測し、能動的にバランスよく支えれば、鏡面形状を常に最適化できるはずだ。すばる望遠鏡ではこのように考え、「能動光学」と名付けた支持方式を採用した。計算機シミュレーションの結果、鏡の支持は8つの同心円上にほぼ均等に配置した264点で行うこととした。1点当たりの支持荷重は望遠鏡の姿勢により0~90kgまで変化する。個々の支持装置はその支持力を1万分の1の精度で測定し制御できるアクチュエータが必要となった。国内メーカが、音叉(おんさ)型水晶発振子の張力に応じた振動数変化から支持力を求める超高精度力センサを開発し、1gの測定精度を達成した。観測中は適正な支持力分布になるよう、毎秒毎秒、支持力をコンピュータが制御する。図に、すばる望遠鏡の能動光学システムを示す。
実際には、毎晩観測開始前に明るい星を光源として、鏡面測定装置で光学的に鏡面形状を計測し、最良星像が得られるよう力制御ループを校正する。筆者らが開発したシャック・ハルトマン型鏡面測定装置は、望遠鏡の瞳面に置いたマイクロレンズアレイで主鏡を約200個の小部分に分割し結像するカメラで、明るい星を撮影すると焦点面上に各小部分からの光が結像して約200個の星像ができる。鏡が理想的な光学面になっていれば、200個の星像が碁盤の目のようにきちんと並ぶ。星像の並びに乱れがあれば、その向きと変位量から鏡の対応する部分のゆがみを求めることができる。各アクチュエータの支持力を変化させたときの鏡の応答は事前に調べてあるので、鏡面形状の誤差分布さえわかれば、アクチュエータの支持力をどう修正すればよいかは、簡単な行列計算で求めることができる。これが能動光学方式の原理である。
2.3 ミラーシーイング
1989年秋にすばる望遠鏡の1/13模型で能動光学方式の実証実験の一環として鏡面の測定精度を検証した。人や車の外乱が少ない夜間のほうが、測定精度が上がるだろうと考え、鏡の形状の24時間連続測定を行った結果が図である。驚いたことに予想とは全く逆で、夜間になると測定値がばらつく結果となった。最初は戸惑ったが、温度変化を合わせてプロットしてみて、重要な事実が判明した。夜間気温が下がると鏡も冷えるが、鏡は必ず気温より遅れて冷える。このため、夜間は鏡のほうが気温より温かい状態になり、鏡面からの陽炎(かげろう)で測定値がばらつくことが確認されたのである。この測定論文は世界中の天文台に衝撃を走らせた。なぜなら、世界中の望遠鏡が夜間、主鏡から立ち上る揺らぎ越しに天体観測をしていたことを、この論文は指摘したからである。すばる望遠鏡では、この現象を避けるため、熱容量の大きい主鏡を昼間から冷却して、鏡の温度が夜間気温より高くならないようにすることにした。
2.4 すばる望遠鏡による観測成果
初期調整を終え、7台の第1期観測装置も次々に立ち上がり観測が安定に進み始めたのは2002年ごろからである。
すばる望遠鏡はさまざまな観測に利用されているが、その中でもほかの8m級望遠鏡にはない広視野主焦点カメラを駆使した、遠宇宙の撮像観測が華々しい成果を挙げた。図はそのような観測で発見された、赤方偏移7.0、距離にして129億光年のかなたにある銀河である。この天体は2006年から4年間にわたり、人類が見た最も遠い銀河となった。137億年前のビッグバンで始まった宇宙は、急激に膨張し冷えたが、やがて生まれた星からの紫外線で温められて、銀河間空間の水素が電離したと考えられている。すばる望遠鏡による一連の観測から、この宇宙の夜明け現象(宇宙の再電離)は今から129億年前、ビッグバンから8億年後の時代に起きたことがわかってきた。この分野の研究は日本がリードしている。
●距離129億光年の最遠銀河の一例。この銀河の姿は129億年前の姿である。水素原子のライマンα輝線(波長121nm)が波長968nmに赤方偏移していることから、赤方偏移が7.0であることが確認された。
すばる望遠鏡のもう1つの大きな成果は、太陽系外の惑星の撮影に成功し始めていることであろう。図に、その実例を示す。このような観測が可能になった鍵を握るのが補償光学という技術である。補償光学で星像を回折限界にまでシャープにして、その光をマスクで遮蔽(しやへい)すると、星からの光を反射してかすかに光る惑星が見えてくるという寸法である。
3.TMT計画
すばる望遠鏡をはじめとして現在、世界中で8~10mクラスの望遠鏡は10台余りが稼働している。だが、世界中の天文学者は次世代を目指して、より大きな望遠鏡の建設を構想してきた。筆者たちも口径30mの三非球面光学系採用のJELT(Japan Extremely Large Telescope)望遠鏡をハワイに建設する構想を打ち出し、国産のゼロ膨張セラミクスで鏡を作る基礎開発を進めた。天文学界からは支持を得たが、建設経費を考えると日本単独では無理があり、2006年に国際協力での早期実現を目指すこととした。 国立天文台はすばる望遠鏡の成果をさらに発展させるため、米国、カナダ、、との国際協力事業として、ハワイ島のマウナケア山頂域に口径30mの主鏡をもつ次世代超大型望遠鏡TMTを建設する計画に着手している。
TMT国際合意書に署名した日本、中国、カリフォルニア大学とカリフォルニア工科大学は、2014年5月6日にTMT国際天文台(Thirty Meter Telescope International Observatory:TIO)を非営利法人として設立した。インドは2014年秋、カナダは2015年春に、そして全米科学財団は2018年以降に参加予定であり、2014年10月7日には山頂にて起工式を行い、建設に着手した。
日本はこの望遠鏡の本体構造の設計製作、492枚のセグメント鏡の鏡材製作、セグメント鏡の非球面研磨の一部、観測装置製作の一部を分担する。完成は2022年以降になるが、口径30mの主鏡をもち、高度なレーザーガイド補償光学系を備えたTMTの解像力は、ハッブル宇宙望遠鏡の13倍、すばる望遠鏡の3.5倍となる。すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡が撮影できる最も暗い天体は28等級に相当するが、TMTでは32等級の天体まで捉えることができると期待されている。
TMT30m望遠鏡の構造。
492枚の部分鏡から成る直径30mの主鏡。
この望遠鏡はすばる望遠鏡で垣間(かいま)見始めた初期宇宙の時代に切り込み、最初の星や銀河が生まれた宇宙の夜明けの時代(ビッグバンから2~7億年)の宇宙の歴史を解明することと、太陽系以外の恒星を巡る惑星を具体的に観測して、その大気分析から生命存在の兆候を探ること、さらには21世紀最大の謎とされるダークエネルギーの正体に迫ることなどがその主なミッションとなると期待されている。
TMT計画については、関係学会だけでなく、広く一般の方からも応援していだいている。国立天文台TMT推進室では応援寄付者の名前を刻んだ銘板を用意するキャンペーンを行っているが、2014年3月までの時点で1700名の寄付をいただき、第1期の寄付者銘板を現在はハワイ観測所ロビーに掲示中である。』